俳優嫌いの坂口拓に山﨑賢人と仲良くなるきっかけを作ってくれたのは齋藤 工だった!賢人さんの出演経緯と、坂口拓との関係性とは!

『ビハインド オブ 狂武蔵』特別インタビュー最終回。

この人の話しは訊いておかないと!と思っていた。山﨑賢人さんの参加の詳しい経緯と、坂口との関係性だ。

私はかつて「キネマ旬報NEXT Vol.31」での巻頭インタビューの取材・執筆を担当した際、山﨑賢人さんのことを「純一無雑(じゅんいつむざつ)」と表現させて頂いた。今もその印象は変わっていない。そしてこの三人の男たちも、俳優として、人として山﨑賢人を溺愛しているのは周知の事実。そんな山﨑賢人さんの「狂武蔵」出演は、作品にとっての大きな追い風になったことも間違いない。

屋敷:山﨑賢人さんって、何がどうなって出演になったんですか?(質問雑か!)

坂口:……正確には……どうだったっけ(笑)!?

下村:……何だったんだろうね(苦笑)!?

屋敷:「キングダム」撮影中に「狂武蔵」の話をちらちらしたことがあったとか?

坂口:う~ん、「キングダム」の時は話してないと思うな~……そもそも撮影中はまだそこまで賢人と仲良くもなってなかったし(笑)。その後、賢人と仲良くなるきっかけ作ってくれたのは(齋藤)工だったよね。工は俺が俳優嫌いなのよく知ってて(笑)そんな工が「賢人と拓さんは絶対気が合うと思いますよ!だから、今度飲もうって電話してあげたら良いんじゃないですか?」って言うから、「あ、そう?じゃあ電話して一度飲もうかな」っていうところから、賢人と俺の関係は始まってるから。それは工のお陰だよね、そうでもしないと、俺俳優とは基本仲良くしないから(笑)!

屋敷:(笑)じゃあ、その時に「狂武蔵」の話しとかも出たんですかね?

坂口:いや、しなかったと思う。何てことない話をしながら酒飲んだだけだと記憶してるけど……工の言った通り、賢人の真っ直ぐな所、俺は好きだなって。無垢な感じも好きだしね。

下村:その後ちょくちょく賢人くん交えて飲むことがあった時に、丁度「狂武蔵」のクラウドファンディングもやってた時期だったのもあって、作品の話しはしていたと思うんだよ。その経緯や内容も説明はしていた気がする……。

坂口:俺、詳細全く覚えてない(笑)!!

下村:それでいつだったか「出て欲しい」って直接彼に言ったら、「出たいです!」って言ってくれて、その場でマネージャーに電話をしてくれたんだよね。あれは感動した!!

下村:実はその席には「キングダム」原作者の原先生や稲川義貴先生もいらっしゃったんだよね。

屋敷:メンバーすごー(汗)!!!!

坂口:その席で、一体どんな想いでこの「狂武蔵」を完成させるのかっていう熱のこもった話をしていたんだよ。その想いを賢人も真っ直ぐ受け止めてくれたってことだよね。それは本当に嬉しかったし、感謝してるよ。

9年前「狂武蔵」の撮影で精も根も尽き果てた坂口に待っていたのは、「絶望」という更なる地獄だった。今、こうして多くの人に力を与える映画人であり、太陽の様な坂口の笑顔からは誰も想像が出来ないだろう。この質問は私もし辛い、聞いてるこちらの胸が苦しくなるから。皆さんも、坂口のこのツイートを覚えてる方も多いのではないだろうか。

坂口:「俳優を辞めたい」とか、そんな表現はしなかったんだよね。お袋に言ったのは何て言葉だったかな……今でも忘れられないのはさ、結局「狂武蔵」を演り終えてもさ、先が見えず、ずーっと無気力な状態が続いてたわけだよ。

それでも練習だけは続けていたんだよね。そんなことしてたら練習後に急に胸が痛く苦しくなって、下北沢で(当時坂口が率いていたZEROS稽古場が下北沢にある)うずくまって動けなくなったりし始めたんだよ。何もしてないのに心臓が痛くて休んでた時期もあった程。俺自身も完全にギリギリの状態になっちゃってたんだよね。今思えば、PTSD状態なんだから。それで、何年か振りにお袋に電話した。「……母さんさぁ……俺、もう駄目かも知れねぇや……」って言ったんだよ。そしたらお袋がこう言ったんだ。

「ふ~ん、そうなんだ……あ!じゃあさ、ケンイチロウ君(坂口の親友)に言ってさ、アクションスクールでも金沢でしてさ、それでやっていけば良いじゃん!アタシがひとつ言えるのはさ……拓はよく頑張ったと思うよ。だからもう帰って来たら良いんじゃない?」って。

「そっか」って電話切った時にはさ、俺はもう立ち上がっていたんだよ、うずくまるのをやめて。その時のお袋の声が余りにも明るくて、何にも気にしてない感じを感じ取った時に、「俺、まだ戦える」って思えたんだよ。こんな事で、俺は負ける人間じゃないって。何か出口が見えた訳でもなく迷走していたんだけど、それでも「俺はまだ戦える」と思えた事は、凄く大きかったんだ。

下村監督は、坂口の隣で伏し目がちに黙って耳を傾けている。

その脳裏には当時のどんな様子が浮かんでいるのか。

屋敷:……拓さんはその時、本当に、本心で辞めたいと思っていたんですか?

それとも、辛い状況にはあっても、いつも前向きで明るいお母さまに背中を押して欲しかったんですか?

坂口:辞める、辞めないが俺の中での問題では無かったんだよね。「何も出来なかった」んだよ。下北沢でうずくまってる時点で、俺自身がそんな自分の状態が理解出来ていなかったから。やり続けたいから背中を押して欲しい、とかそんなんじゃなかった……助けて欲しくて電話したんだと思う。

(ZEROSの稽古場の前の道を曲がった角で坂口は母に電話した)

屋敷:お母さまやご家族の皆様って、当時拓さんがとんな撮影(主に狂武蔵の意)に挑まれてた、とかご存じだったんですか?

坂口:「狂武蔵」のこと自体知らないんじゃないかな(苦笑)。その時は何年も電話してなかったしね。

屋敷:じゃあ、9年という時間を経て今回「狂武蔵」が完成したことで、やっとどんな無謀な戦いに挑んでいたのかっていう苦しみの原因を、ご家族は知れることになったわけですけど(イオンシネマ金沢フォーラスでの上映が叶った)……それに対して拓さんはどう思われるんですか?……故郷に錦を……??

坂口:う~ん……見せなくていいんじゃない!?だって、心配するじゃん(苦笑)!!だから俺も家族にはあんまり言わないんだと思う、自分のやってること。

屋敷:……「言えなかった」んですね(笑)。

坂口:そりゃそーだよ!!息子(アタマが)いっちゃってんだもん(笑)!!!

全員:(爆笑)

坂口:何度も言うんだけどさ、俺の中で「狂武蔵」は9年前にもう終わってるんだよ。完結していたんだよ。でも、こうして、お客さんのもとに届く事になって“真の”完結を迎えられたんだよ。みんなの想いがあったからこそ、復活をしたわけじゃん?勇二や太田がこうして動いてくれて。お陰で、当時一緒に戦った仲間たちもようやく報われるだろうし……。勇ちゃんが「これで浄化されるね」って言ってくれたけど、正にそうだと思うんだよ。そして太田が加わった事で、一度見失っていた「絆」が全部戻って来たんだ。それもこれも、全て有難いし、これも何度も言ってるけど、完成した「狂武蔵」を観た時には、本当に、本当に「感謝」しかなかったんだよ。でも「狂武蔵」が終わった過去であることには変わりないんだ。何故なら、その全てが俺の肉体の中で生きてるから。俺が強くなっている理由は、確実に「狂武蔵」なんだよ。合戦に出て、自分は強くなった。俺はね、武道家でも格闘家でもないけどハッキリ言えることが一つだけあるんだ。俺の世界、俺が今居るフィールドでは……俺は誰にも負けない。「じゃあ俺と同じこと出来るのか?合戦に出る覚悟あんのか?」って。「俺の生き方なめんじゃねーよ!逃げも隠れもせず、俺はいつでも相手になってやるよ」って俺は言える。

屋敷:「狂武蔵」はもう登り終えた過去の“頂き”ってことですか……。

坂口:もっと上に行きたいんだよ、俺は。「狂武蔵」はその過程に過ぎないんだ。その事実を、勇二と太田が再確認させてくれたんだよ。

この日、長い取材日を乗り切った三人はやけに楽しそうで、そして饒舌だった。

雑談の合間にこんな一場面があった。

坂口:勇二さ、今スマホの待ち受け何にしてるの?

下村:え?急に何だよ(汗)

坂口:(中学生が好きな子聞き出す様なテンションで)何?何かまずいの??見せろよ~!

下村:はぁ(苦笑)!?……まぁ、別に良いけど!?

明かりが点いたスマホの待ち受けに現れたのは坂口の横顔。そう「狂武蔵」のポスターだ。

坂口:……へ~勇ちゃん「狂武蔵」にしてるんだ~(笑)

下村:何だよ(苦笑)。じゃあ拓ちゃんは!?(口調が反撃w)

坂口:へ?俺??

と見せた坂口のスマホにも全く同じく「狂武蔵」のポスター(笑)。

その様子をニヤニヤ見ていた太田Pが水戸黄門の印籠よろしく、ゆっくり自身のスマホの待ち受け画面を二人にかざすや否や、爆笑する三人。

……待ち受け三人でお揃いやないかい!!!!!!

仲良しかっ(笑)!!!!!

これを読んで下さった方の中には、初めてこちらに来て下さった方、「狂武蔵」を既に観た方、これから観て下さる方……色んな方がいらっしゃると思います。太田誉志プロデューサーと話して、坂口拓・下村勇二、そして映画「狂武蔵」をひとりでも多くの方に知って頂こう!!と一年以上に渡り、「狂武蔵」公開を一旦のゴールとし、ひたすら書き続けて来ました。

このブログを楽しみにして下さる皆様のお陰で、月に数万人が訪れる大きな映画広場の様なブログに成長したことが、私としても、凄く凄く嬉しいです。公式Twitterに多く寄せられる、ブログへの感想も本当に有難うございます。どれ位我々の力になっていることか……。

また皆様、時間が許す時にこのブログのコメント欄への感想もお待ちしています。日々、流れてゆくSNSと違い、ここは坂口拓・下村勇二・太田誉志・映画「狂武蔵」と、ここを拠点としてこれから製作されていくであろう映画のライブラリーの様な場所です。

新しくファンになった人が絶え間なく訪れてくれる、彼等を多角的に知れる巨大ライブラリーなんです。ブログの一部として、皆さん先輩として様々な言葉を刻んでくれたら、と思います。愛と熱を見せつけてやって下さい!!

映画「狂武蔵」と同様、皆様の言葉と想いが重なって、初めて存在意義が生まれる、そんな場所なのです。

『狂武蔵』

*新宿武蔵野館 9月17日まで上映延長!!

皆様のおかげです有難うございます!!!

(3人の待ち受け画面はこちら)

“俳優嫌いの坂口拓に山﨑賢人と仲良くなるきっかけを作ってくれたのは齋藤 工だった!賢人さんの出演経緯と、坂口拓との関係性とは!” への5件のフィードバック

  1. Sy より:

    屋敷さん、ひとまずこれで一区切りでしょうか。本当にお疲れ様でした。
    いつもこのブログを楽しみにしてました。皆さんのその時の空気や温度が伝わってくるような内容で、感情移入してしまうというか。屋敷さんだから書けたんですよね。
    このブログで狂武蔵のことも、拓さんや下村監督、太田Pのことも沢山勉強できました。もっともっと勉強させてもらいたいので、これからも楽しみにしてます!

  2. かずのこのママ より:

    拓さんの過去の苦しさ・・・
    この文から感じ取られます。
    母親の偉大さは計り知れないものがあります。
    この経験があるからこそ唯一無二の力を手に入れられたんだと思いました。
    まるで現代版キングダムの信の様です。

  3. 鋼鉄の重金属三兄弟が次男 川島爆心地 より:

    待ち受けのくだり。
    すごく微笑ましいのだけど、同時に嬉しさがこみ上げてしまい・・・。

    映画が完成して、本当に良かったです。
    自分にとっても、生涯忘れられない大切な一本となりました。

    映画だけでなく、ブログ、クラファン、たくちゃんねる等、
    狂武蔵に関する全てが、本当に楽しかった。

    本当に感謝しています。

  4. れい より:

    アクションに興味のなかった私が、
    拓さんを通じて命をかけたアクションの世界を知り、これからの拓さんの映画が楽しみで仕方ないです。
    たくさんインタビュー記事にしていただきありがとうございます!

  5. 大泉輝生 より:

    この数ヶ月 本気で応援する
    楽しさ、誰かを強く想い
    一喜一憂する毎日

    本当にありがとう御座いました!

    でも、何故か“燃え尽き症候群”になるかと思ってたのですが……まだ、無いんです

    まだ……拓さん、監督、太田さんと離れがたい……川本さん達もそう!皆そう!!

    そう思う、木刀を振るう自分がいるのです。

    次を期待する自分がいるのです。

    稲川先生も……

    これからも応援したい!
    期待したい!

    お願いします……

    ……『勝手にしろ』って言わないで(T-T)

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